第346回
カストロが気を許した日本女性 (3/1日更新)



    <<< 前回へ    次回へ>>>
 
 キューバ革命の指導者、カストロは米国に
よる暗殺を恐れて警戒心が強かったが、日本
人女性の山本満喜子とは一緒にカリブ海で泳
ぐほど親しかった。そんな話を聞いたのは1
980年ころである。
 
 女性は何者か。海軍出身で、大正時代、2
度総理を務めた山本権兵衛の孫娘だ。ナチス
の海軍将校と駆け落ちして中南米各地を転々
とした。戦後は日本でキューバ研究所を主宰
し、日本とキューバの橋渡しをした。キュー
バではカストロやゲバラとも親交を持ち、カ
ストロが気を許せる女性になった。アルゼン
チンタンゴの名手で、やがてメキシコのアカ
プルコのナイトクラブの雇われマネージャー
となったまま、1993年、75才で死去。
 
 波瀾万丈の人生に興味を持った私は198
0年冬、アカプルコを訪ねた。彼女には会え
なかったが、冬期で閑散とした歓楽地には寂
寞感が漂っていた。孤独な彼女の死の土地に
ふさわしい雰囲気だったと、いま思う。

浅井信雄プロフィール

写真をクリックすると大きいサイズで見られます。

キューバの首都ハバナでの手作業の野球ボール作り
風景。1977年撮影。キューバで野球選手は国家
公務員だ。米国はキューバ革命以来の経済制裁を解
除していないが、野球を通じた両国交流は深い。キ
ューバから米国に移ったキューバ選手たちも多い。


当ページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は浅井信雄に帰属します。
Copyright Sankei,co .No reproduction or republication without written permission.

無断転載禁止

web@sankeipro.co.jp