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私がラジオを始めて4年ですから、お会いするのは初めてです。
しかし、SAMさんとはなんとなく縁があるんです。今回はレアな話で終始しました。
13〜14年ほど前です。
友達に勧められて一緒に入った、BDCという当時代々木のガソリンスタンドの隣の雑居ビルの地下にあったダンススクール。
そこでSAMさんはHIPHOP上級、TRF女性ダンサーの髪の長いCHIHARUさんはジャズダンス中上級、ショートボブの ETSUさんはHIPHOP初級を教えていました。
SAMさんは怖そうだったし、そもそもついていけないので私がレッスンを取るなんてとんでもなかったのですが、CHIHARUさん、ETSUさんのクラスは受けてました。
ある日ETSUさんにHIPHOPを上手く踊るコツはなんですか?ときいたら、「やる気ない感じで踊ること。ダラ〜ってこんな感じで。」という返答が返ってきました。私も真似してやる気なく踊ってみましたが、本当にやる気のない軟体動物みたいになったので、私にHIPHOPのセンスはないし、今後も身に付かないと諦め、それ以来レッスンをとらなくなりました。
CHIHARUさんのレッスンはいつも超満員。ストレッチする隙間がなくて廊下まで溢れているのは当たり前、しかも受けている生徒のレベルが高く、ここでちゃんと踊りたくて他の先生の基礎重視のレッスンも取っていたくらいです。レッスンの最後に、音楽にあわせて先生の付ける毎回違う振りを踊るんですが、これがCHIHARUさんのはかっこよくてねぇ。私にとっては憧れでした。
そうそう、もう一人、最後の振りがカッコよくて受けていた先生がいました。KABA.ちゃんです!あんなに大々的にカミングアウトしてタレントとしてブレイクするとは・・・。あと、座頭市に出ていたタップ集団ストライプスのhidebohさんもいました。
今思うと日本のダンス界を牽引してきた人たちですよね。まだアマチュアを教えていた貴重な時期にレッスンを受けられた私は幸せだったなとつくづく思います。
ラジオで曲をかけている間も、ずっと当時のそんな話。盛り上がったままトークコーナーへ。
SAMさん「TRFやりますって集められた頃はなんだかよくわからなくてね。CHIHARUもETSUも地方のライブの仕事のときなんてBDCのレッスンがあるからってTRF休んでこなかったことあったよ。そのときはサポートの人に来てもらってねー。」
えっ、TRFはそんな流動的なものだったんですか!?
SAMさん「EZ DO DANCEの頃、CM撮影でロスに行ったんですけど、ダンサー集めてって言われてみんなで行って」
YUKIさん「ロス行けんの?やったー!みたいなノリですよ。EZ DO DANCEのジャケットには11人写ってますからね。TRF5人なのに。」
本当だ!改めてみたらいっぱい人が写ってる・・・。
当初はそんなプライオリティーだったのに、その2年後の95年にはレコード大賞アーティストですからね。
人生何が起こるかわかりません。
実はBDCの先生としてSAMさんを知る前に、私は俳優としてSAMさんを知っていました。
高校の同級生の初主演映画「もうひとつの原宿物語」。主人公が想いを寄せる男性、友人の相手役がSAMさんだったのです!
劇場に観に行きましたよ〜なんて話をすると。
「うわー懐かしい!!あの頃はまだ事務所にも入ってなくて、ダンサー集めてくれって言われてさ。俺の役は、横浜生まれなんだけど原宿にいて、横浜に帰ってたんだけど、親が離婚してまた原宿に戻ってきて、みんなが『アイツが帰ってきたぜ』みたいな感じになるの。なんで原宿なのかとかよくわかんない映画だったんだけど、俺の父親役がハナ肇さん、主人公のお母さん役は多岐川裕美さんで豪華だったんだよね」
色んな仕事してるのによくここまで覚えてるなぁ。
そうだ!うちにTシャツあったな。帰ったら探そう。 |